友達がある対応に怒っている。
私に直接関係ない出来事だし、どうにもできないことなのだが、友達の怒りは分かる。
友達の言っていることは正論なんだろう。
そしてそのことに対応できないその会社も残念だなと思う。
が、私も聞いていてどうにもできないし、おそらく友達が正論で闘い続けても、彼女の望む結果は引き出せないと思う。
とても、モヤモヤする。
『正論』について検索すると、正論に関する様々な見解、疑問がたくさん出てくる。
- 正論が正しいとは限らない
- 正論が嫌われているわけではなく言い方の問題
- 正しいことを正しいと言ってはだめなのか?
など、皆さん、一度は『正論』について考えたことがあるのかもしれない。
『正論』に対する見解も人によって違うだろうし、そもそも『何が正しいか』も絶対的でない部分がある。
友達はその件でもうかなり長いこと、闘っている。
その気力はすごいけれど、『正論』への対処法(検索してみた)には、
- 適当に受け流す
- 距離を置く
など真っ向から対応しない方法もあるから、結局その戦法をとられたら平行線を辿るだけだ。
悔しいが諦めも必要。
諦めることと認めることは違うし。
どうにもならないことに時間とエネルギーを費やすのも勿体無い。
よく言われる言葉だけれど『人は変えられない。』から仕方がない。
そんなことを思う朝。
(最近日が長くなり、朝夕の駅までの徒歩タイムも爽やか。)
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