見たかった琳派展に行った。
こじんまりした美術館だったが、静かでゆっくり見ることができた。
一緒に行ったのはきいろさん。
マヤ暦アドバイザーであり、冷えとりを実践され、毎日ヘルシーで彩り豊かなお弁当を作っていらっしゃる。
楽天のお買い物やルピシアの紅茶、旅の記事などブログの範囲も多岐にわたり、楽しいシンプルライフについて様々な情報提供をされているブロガーさんだ。
どこか行きたいところがないかといつも配慮をして下さり、私は細見美術館に行きたいとお伝えしたところ、同行して下さった。
細見美術館は今年開館20周年を迎えた。
私ももれなくオルセー美術館展やモネ展などに足を運び、フランスでもオルセー美術館やオランジュリー美術館なども実際に見に行っていた。
一方、日本画も好きだったのだが当時は日本美術の展覧会は少なかった。
その頃(1998年頃)、実業家・細見古香庵が日本美術の美術館を作ったのだが、当時は周りから無謀と言われたそうだ。
それでも諦めずに3代にわたって心血を注ぎ収集を続られた。
おかげで、昨日もたくさんの江戸琳派の美術品を堪能することができた。
最終日の前日。一番乗り?だったが、時間があったので周りを散策してから戻ると既に美術館の前に少し人が並んでいた。
美術館の向かいはロームシアター京都。
細見美術館の東側には鴨川から直角に曲がりながら南禅寺まで続いている琵琶湖疏水が流れている。
暖かな春の陽光に揺らめく水面に癒された。
徒歩10分とあったがサクサク歩けばそんなにはかからない印象。
細見美術館を鴨川方面に歩くと二条辺りになる。
*アクセス詳細はこちら
近くのランドマークとしては、南西に京都市美術館、北東に平安神宮がある。
館内に入ると、こじんまりとした空間だが見応えがある数々の所蔵品が静かに迎えてくれた。
人の量もさほど多くなく、じっくり鑑賞することができた。
今回の展覧会の詳細はこちら。
開館20周年記念展II 細見コレクションの江戸絵画 琳派展20 抱一の花・其一の鳥 | 開催中の展覧会 - 京都 細見美術館
酒井抱一と鈴木其一が好きなのだが、他の江戸琳派の人々の作品にも触れることができて、非常に良かった。
琳派や日本美術が好きな人にはオススメしたい。
*今回の出品リスト
17世紀に京都で誕生した琳派が19世紀になってから江戸で独自の発展をしたのが江戸琳派。
「琳派」については、こちらの記事が面白かったのでリンクします。
琳派(りんぱ)の特徴って何?知って観ると面白くなる! | KENブログ
しかし、出光美術館で昨年秋頃あった江戸琳派の展覧会は、都合がつかず行けなかった。
Sと行っておけばよかったと後悔している。
出光美術館は私の好きな美術館の一つ。行きたいと思う展示が多い。
地元に戻ったらたくさん行きたい美術館がある。そろそろ戻りたい・・・。
帰りにミュージアムショップで風呂敷を買った。
私が気に入ったのだが母にあげてもいいなと思ったのだ。
母も細々したものを買うのを好まないので電話で使うかどうか確認した。
紅白の色使いで菊のモチーフ。素材は綿100%。
風呂敷は何かと便利で重宝しているが、今私の所有するものは全部無地で3枚。
とらやの紫のものとピエールマルコリーニのピンク2枚である。
そのうち日本の古典柄の風呂敷を数枚欲しいと思っている。
お茶席に行くときに使うのだ。今は無地のを使っている。
1枚あれば事足りるが、私には選ぶ楽しみがあるのだ。
京都ではもう1つ大きな目的があった。その目的も大変楽しかったので別の機会に書きたいと思う。
そして、それが終わった後帰りに半兵衛麩に寄った。
麩のお店だが湯葉を買いたかったのだ。
街中に戻る時間がなく湯葉を諦めようと思ったのだが、すぐ近くにこの店があるのを思い出したのだ。
半兵衛麩は、元禄2年(1689年)創業のお麩のお店である。
元禄時代は、1704年まで続き、時の天皇は第113代東山天皇。
そんな昔からあるとは、やはり京都はすごいと思うが、京都からしたら江戸時代なんて新しい方なのではないかと思う。
この半兵衛麩は食事もでき、以前予約をして行ったこともある。
美味しかったがかなりお腹がいっぱいになり、その後まだリピートしていない。
(生麩は好きだが、お麩三昧よりは湯葉三昧がいい。)
10分で買って店を後にした。かなり慌ただしかったのだが、店員さんがとても親切だった。
写真にちらっと映っている入り口の緑には、キリリとした濃い紫の小さな「都忘れ」があって、雨が降り出して曇り色になった京都の夕方をちょっとだけ引き締めていた。時間がなく、可愛らしい都忘れを撮るゆとりがなかった。
「都忘れ」は母の好きな花の一つ。私も好きである。
花言葉は、「別れ」「また会う日まで」「短い恋」だそうだ。
湯葉は大量購入できなかったから、足りない場合また買い足すつもり。
紙は即捨ての私だが、右の乾燥湯葉を包装してあった紙の手触りが良くて、捨てる前にブックカバーにした。
色も柄も好みではないが、手触りが気に入ったのだ。
私はこういう作業が不得手かつ嫌いだから、ブックカバーもいつもSに頼んでいた。
というか彼が気づいてたまに作ってくれたのだ。頼まなくても、いろんな気遣いが行き届いていて、無頓着な私は、Sがしてくれることで快適さを知ることが多かった。
Sが使っていた紙には和紙もあった。
和紙はたまに鎌倉に行ったときに小町通りにある「社頭」で買ったりしていた。
「社頭」は、Sと同い年だ。全国から集めた180種類ほどの和紙を扱っている。
私が初めて行ったのは小学生の頃。鎌倉に父の実家があり、両親と祖父母に小町通りに遊びに行くのがとても好きだった。その時にこのお店に入って色とりどりの和紙を見て素敵だなあと子供心に思った。
以後鎌倉に行くと何も買わなくても立ち寄るお店である。
Sは、紙のブックカバーに透明の薄いビニールをかけてくれた。
無駄遣いはしない人だから、わざわざ買うことはせず、DMなどでくる透明の封筒でしつらえてくれた。
もう、それをしてくれる人がいない。
自分で作ったカバーを見て「Sの完成度は高かった」と改めて思った。
しかも、たったこれだけなのに不器用過ぎてすごく時間がかかった・・・。
春の京都。
身体はすごく疲れていたが、充実の1日だった。