〜 blancのひとりごと

【焦点】ないものではなく、あるものを見つめる

 

 

 
夜空は大好きだけれど、夜に出歩くのは苦手。
 
いつも話していた人がいなくなり、毎晩夜が来るのが怖い。辛く哀しく苦しい。
やっと太陽が昇った。朝が嬉しい。

 

離れていたから、毎日隣にいないとかそういう感覚が少ないのはまだマシなのかもしれない。

 

けれど早くも

「どんな声だったかしら」とか

「何を話していたのか」など

他愛もないことすぎて、思い出せなくてさらに哀しくなってしまう。

 
どうやって皆んな立ち直るのだろう。
この傷は忘れることはなく、ずっと付き合っていかないといけないものだと思う。
だから心の傷を磨く旅に終わりはない。
 
しかもまだ全く心の傷を磨くまでに至らず、磨くどころかただただ傷を見て泣いている情けない段階にいる。
 
青いノート。
Sのことを書きたいのに、何故か思い出せない。
頭と心の中にはたくさんあるはずなのにうまく取り出せず、焦る。
 
そんな中、ふと思ったのは『Sはとても豊かな人だったんだ』ということ。
豊かだから、たくさんいろんなものを周りに与えてくれた。
 
目に見えない大切なモノをとてもたくさん与えてくれた。
 
私はどうだろう。
 
全くSの足元にも及ばない。
本当に情けない。
 
物理的に離れていたのに、この大き過ぎる存在感。
『Sがいない』という事実は、私が『本当に1人になってしまった』という現実を突きつけて来る。
 
1人の暮らしを謳歌できていたのも、Sという絶対の安心感・信頼感があったからなのだ。
 
その足元が揺らいで、ぐらぐらしている。
 
早く地盤を固めて、ちゃんと歩き出さないと。
 
頭では分かっている。
支えてくれる人達もたくさんいる。
私だけが辛いわけでもない。   
 
でも、家にいる間頭の中は、考えても戻ることのないSのことばかりが占めていて、自分がとても情けない。
 
もっと強くならなくては。
そう思っても何だか難しい。
 
自分にフォーカスするから、辛いのだ。
 
自分がどうかではなく、周りがどうなのか。
Sのように自然と周りを幸せにできるようになりたい。
 
Sは、本当に豊かだったのだ。
だから人にも優しくできたのだ。
 
 
『早過ぎる』
そう思ったけれど、それはSだけに起こったことだけでもない。
 
Sのような素晴らしい人との時間を私はたくさんもらったのだ。幸せだと思う。
 
『ないものではなく、あるものを見つめる』
 
Sを失ったことだけをフォーカスせず、
私が持っているもの
Sから与えてもらった数えきれないもの
を見ていかないといけない。
 
実際問題、まだ何にもしたくないし、布団の中でボッーっとしていたい。
それが私のしたいこと。
 
でも、一方そんな私を私自身が好きではない。だからもう1人の自分がもがいている。
 
自分が嫌いになっている私を、きっとSは見たくないだろう。
 
とはいえ、おそらくSは『死後は無だから、いちいち自分にかこつけるな』と言うと思う。
 
そう、もうSはどこにもいないし『無』なのだ。
 
だから、Sへの後悔も(私がきちんと大切にできてなかったから先にいってしまったのではないか、とかその類のもの)『全く関係ない』と言うだろう。
 
逆にいいことがあって、『Sのおかげ。守ってくれてるね。』などと思っても、『関係ない』と言うに違いない。
 
あたたかく男らしく人には優しく、でも普段は一喜一憂することなく、淡々と物静かだった。
 
私が今、
「どうしたらいいか分からない。辛い。苦しい。」
と聞いたら、
『今やるべきことを先にやれ』
と言うに決まっている。
 
今はものすごく落ち込み、吐き出したくてこの記事を書いているけれど、やるべきことは確かにある。
 
だから、それを先にしよう。
 
Sのことを考えて、悲しみに暮れるのは、とりあえずやるべきことをしてから、その後にしよう。
 
現実問題、まだここにいる私にはやるべきことがある。
それをしたいかどうかは別としても。
 

 

 

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