〜 blancのひとりごと

【言葉】『あるものの中から選べ』

 

 

 
最近変えたブログのタイトル。
ここを覗いた人は、あまりのタイトルと中身の違いに違和感を覚えるだろう。
 
 
今私が書いていることは、ひとりごと以外のなにものでもない。
 
もともと、迷いだらけのブログだったし、今は気を紛らわす為に書いている。
 
 
Sの訃報を聞いたのは外だった。
あまりに突然過ぎて、全く信じられなかった。
帰宅してから大泣きした。
生き返って欲しいと一晩中泣いていた。
 
その後我ながらよく地元に1人で戻ったと思う。
とにかく「会いにいかなくては」と必死だった。
 
この何年間かいろんなことを迷いながら過ごしていた。
それでも楽しく過ごせていたのは、Sや私を支えてくれている友達や家族がいたからに他ならない。
 
地元に戻る途中は、泣き顔がひどかったと思う。
新幹線はまだしも、在来線に乗るのが辛く、悲しく恥ずかしかった。
おかしな顔を見られる、という恥ずかしさとは別だった。
 
私自身、あそこまで泣きながら電車に乗っている人を見たことがなく、とはいえ私のような境遇で電車に乗ることを余儀なくされている人も世の中にいる。
だとすると、こんな風に泣いている私が情けなく恥ずかしかった。
 
こうして振り返ることで、なんとか冷静さを取り戻し、大切なものを亡くしたという喪失感を少しずつ小さくしていきたいのだと思う。
 
『ないものではなく、あるものを見つめる。』
 
とても難しい。
 
何十回もの季節を共に過ごして、いろんな所に行ったから、ちょっとしたものを見る度に、『一緒に見た』とか『一緒に食べた』とか1つ1つ心が反応してしまう。
 
必ず毎日電話をしていたから、その時間になると苦しい。
 
ちょっと大変な時、『いつもSが助けてくれた』とすぐ感傷的になる。
 
地元を離れてからは、物理的にそばにいたわけではないから、
「今も地元にいるだけと思おう」
と自分を騙そうとしても、
「それじゃ、ちょっと危ない人になってしまうよ」
ともう1人の自分がSはいないということを思い出させる。
 
本当のところ、ブログの外の私は、
まだまだ心の傷ばかり見ている。
Sがいないことに立ち止まって、泣いている。
 
特に、Sの訃報を聞いた瞬間が時々頭の中に蘇り、胸が張り裂けそうになる。
 
「もう大丈夫」という気持ちと、
「全然だめ。Sがいないなんて無理!」
という気持ちが波のように交互に打ち寄せて、私はまだグラグラしている。
 
Sならば、こんな私を見て
『くだらん。現実を生きろ。』
と言葉ではいいながら、行動や態度で私を支えてくれるだろう。 
 
今一番必要なのは、Sの支えだが無理なものを欲しがっても仕方はない。
  
『あるものの中から選べ。』
 
買い物をしている時に、
「食べたいものが売ってない」とか、
「食べたいものが分からない」
とSに言うと、毎回のように
 
『あるものの中から選べ。』
 
と言われていた。
 
もう私の人生に、実体としてのSはいない。
 
だから、S流に考えると私は、
『あるものの中で、つまりはSなしで生きていく』ことになるのだ。
 
よく私は答えていた。
「やだ。〜〜が食べたい。」
「やだ。〜〜が欲しい。」
 
今だってそうだ。
あるものの中からは選べない。
Sに生きていて欲しい。
 
こんな目にあっても変われないでいる。
 
とりあえず「外では泣かない」目標を1日達成した。
それでも家の中や、電話で話していた時間になると、どうしようもない悲しみが襲ってくる。
悲しんでもどうにもならないと分かっているのに。
 
それでも、1日1日をコツコツと積み重ねて、だんだんと『あるものの中で』の生活をしていくしかないのだ。
 

 

 

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